コーヒーカップノルウェー文化サロン



【2】2002.06.28更新
※「痴呆」→「認知症」に読み替えてください

ノルウェーでの痴呆ケアを垣間見て   

                      朝田 千惠(グループホーム・オリンピア灘開設準備室)

1.はじめに

2001年5月から11月まで、オップランド県ヨーヴィーク・カレッジ看護学部高齢者・痴呆ケアコースを拠点に、ノルウェーの痴呆ケアシステムの現状について調査を行った。高福祉国家ノルウェーで、痴呆の人を取り巻く社会環境はどのようなものだろうか。


2.痴呆ケアは小さく穏やかな生活環境で

ある日の昼時、ヨーヴィークのシュークイェムを訪ねた。食堂で7人の入居者がろうそくの灯された食卓に着き、ゆっくりと豆のスープを飲んでいる。3人のスタッフが、食事中の入居者を傍らで見守る。ここは、8人定員の痴呆ケアユニット。身体は比較的元気だが痴呆症のために自立生活が困難な人たちばかりだ。日本を思い出しながら、これが本当に施設に暮らす痴呆の人の食事風景なんだろうか、と驚く。なんて、穏やかな雰囲気なんだろう!これは福祉予算が平均以下の町での話である。

食事の風景1この定員30人のシュークイェム(sykehjemあえて訳すと「特別養護老人ホーム」)には痴呆以外の人のための棟と痴呆ケア専用棟の2つがあり、それぞれが7,8人ずつの小さなユニットに区切られている。痴呆ケア専用棟には、先の痴呆ケアユニット(skjermet enhet 直訳すると「保護されたユニット、仕切られたユニット」)と、重度の痴呆で身体的に衰弱し、看護を必要とする人のための看護ユニットがある。

ノルウェーでは70年代の後半、痴呆性高齢者にはこぢんまりとした生活環境で、より人手をかけ、いつもなじみのスタッフがケアすることの有効性が明らかにされた。現在、シュークイェムには痴呆ケアユニットを作ることが普通となり、痴呆症の中でも困難なケースに対応するための強化型ケアユニットをもつシュークイェムも出てきている。またスウェーデンで始まったグループホームの取り組みも増えている。

またノルウェーの痴呆ケアの歴史を見てみると、80年代前半以降、精神疾患と痴呆症は分けて考えられてきた。自宅での生活が困難な痴呆性高齢者は県の精神科ではなく、市のシュークイェムでケアを受けており、日本でのように、この二つが混合されることはない。


3.ケアを受けるまでに一定のルートあり

痴呆に限らず障害のために何らかの支援が必要になったとき、市からサービスを受けるには、あるルートが確立している。図は、利用者が実際にサービスを受けるまでの流れを示したものだ。県の専門医療が担当する囲み以外は市の保健部門が担当し、これらの一連の手続きがケア地区内で行われる。ケア地区とは、市をさらに小さく分けた保健/福祉サービス提供のための最小単位で、基本的に在宅ケア部門とシュークイェム部門からなる。介護・看護師や家庭医が利用者・患者の痴呆に気が付くと、まずケア地区に報告する。遅かれ早かれ、何らかの支援が必要になるから、というのがその理由だ。必要であれば、県の精神科、老人科、神経科が診断を行い、その後、再びケア地区でどのような支援を行うかが話し合われる。

ヨーヴィーク市では、この流れの中に「痴呆早期診断チーム」が配置されていた。現場のスタッフや医師に必ずしも痴呆症に関する関心や知識があるわけではない。そこを補うのが、このチームの痴呆ケアの専門知識をもった看護師や医師である。痴呆症の早期診断に努め、初期段階から進行に合わせたサービスの提供につなげることを目的としている。


4.ルートはあれど、サービス足りず

しかし、実際的な問題がいくつか残っている。たとえば、痴呆の進行に合わせたサービスの種類や量が不足していることである。ヨーヴィーク市では、一人暮らしの軽度痴呆の人や若年性アルツハイマーの人が利用できるような痴呆専門のデイケアサービス、また介護家族への十分な支援サービスがない。痴呆早期診断チーム責任者も「診断すれども、サービスなし」の状況を何とかしたいと話している。

また専門家からは、現場のスタッフに痴呆症の正しい知識がなく、適切なケアが行えていないことや、現行の法令では、痴呆性高齢者への身体拘束や強制行為を禁止/制限するものがなく、痴呆性高齢者の権利擁護ができないなどの問題も指摘されている。


5.おわりに

調査のまとめとして、次の点を挙げたい。まずノルウェーでは、痴呆症と精神疾患へのケアは混合していないこと。精神医療担当の県と、社会福祉/保健サービス担当の市の業務分担が明らかになっていることが理由である。つぎに痴呆ケアサービスを受けるまでのルートが確立していること。ただし、サービスの種類と絶対量の不足により、「ルートあれど、サービスなし」の状況である。

最後に、ヨーヴィーク市とほかの市を比較してみると、痴呆ケアシステムの充実度は、自治体によってばらつきが大きいことが分かる。これは、市の保健・社会福祉サービスの種類・量は各市に決定権があるためである。地方分権の進んだ国では、市自治体の積極性が求められる。しかし、市だけに責任を負わせるのではなく、県や国は痴呆ケアをより充実させていくために具体的にどのような役割を果たすべきか、議論する必要があるだろう。 (了)

食事の風景2(下)利用者がサービスを受けるまでの流れ

サービスの流れ

Engedal, K. red. 1997 Er det demens?  INFO-bankenより作成



(まとめ協力:ノルウェー文化サロン事務局)


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