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ノルウェー文化サロン



【3】2002.11.17更新

ノルウェーの音楽療法

         井上勢津 (ノルウェー公認音楽療法士/ノルウェー国立音楽大学在籍)

日本においてノルウェーの音楽療法全体に関する情報は極端に少ないと言ってもよいだろう。この発表はノルウェーの音楽療法を4つの視点(歴史的背景、教育、実践、研究)から概観することを目的としている。

1 歴史的背景

この30年間のノルウェーにおける音楽療法の歩みは着実なものであった。北欧全体での音楽療法への関心の高まりの中、ノルウェーでは1970年から数回に亘り、P.ノードフ[米]とC.ロビンス[英](音楽療法のパイオニア)のワークショップが開かれた。1972年にノルウェー音楽療法協会が設立され、学会誌「musikkterapi」が創刊された。1978年にはエステラン音楽院(現在のノルウェー国立音楽大学)に音楽療法コースが開設された。この早い時期での音楽療法コースの設立がその後のノルウェーにおける音楽療法の発展に大きく影響したことは言うまでもない。

1980年代は地域社会の中での音楽療法の展開の時期であった。1983年に始まったグロッペン・プロジェクトはモデル・ケースとしてノルウェー全体に影響を及ぼすと共に、グロッペン市サンダーネ地区に音楽療法コース(国立ソグン・フィヨルダーネ大学サンダーネ校)が開講されるに至った。(この動きについては3を参照のこと。)

1991年、第1回北欧音楽療法学会がサンダーネで開催され、これと時期を同じくしてノルディック・ジャーナル・オブ・ミュージック・セラピーが創刊された。1992年には政府による音楽療法士資格認定が開始され、現在までに200余名が認定を受けている。1993年以降、オスロに修士課程と博士課程が、サンダーネに修士課程が設置された。2001年にはインターネットフォーラム「Voices」を創設し、更なる研究分野の充実と国際化を図っている。

2 教育プログラム

現在、音楽療法コースはノルウェー国立音楽大学とソグン・フィヨルダーネ大学サンダーネ校に開講されており、ノルウェー国立音楽大学がカリキュラム、担当教員の配置等、すべての責任を負っている。

教育プログラムは(T)音楽療法理論・方法論−音楽療法理論、音楽療法方法論、即興、編曲、作曲、プロジェクト、(U)医学、教育学、心理学、社会学系統−神経学、神経心理学、特殊教育、心理学、精神医学、(V)音楽、個人成長−創造的な活動、楽器、自己体験(臨床心理士による)、実習、の主な3つの分野から成り立っている。この他、いくつかの論文や実習レポートの提出が課せられている。政府資格認定を受けるためにはこれらすべての科目に合格すると共に、最終段階での審査(プロジェクト論文、筆記試験、ロールプレイ・口述試験)において合格点を取らなければならない。なお、現行の教育プログラムは2004年に変更となる。


3 実践

ノルウェーの音楽療法は主に教育、医療、心理療法的な領域、レクリエーション、周囲環境全体へのアプローチ(コミュニティ・ベース)で行なわれている。最も多くの音楽療法士が働くのは教育分野であり、これは幼稚園、小・中学校、高校、成人学校に音楽療法が広く導入されていることを意味している。この中で最も特筆すべきなのは周囲環境全体へのアプローチであろう。ここでは2つの実践例を紹介する。

@ グロッペン・プロジェクト (1982/1983-1987)
これはグロッペン市における障害者への音楽活動の提供と音楽を通した障害者と健常者の共生を目的としたプロジェクトであった。音楽療法士3がセーライデスクール(国立特殊学校)、ノールフィヨールハイム(県立施設)、市の障害者サービス、市の音楽学校、県の機関と協同でプロジェクトを推進した。障害児(者)と音楽療法士という最小単位のグループに、一般市民や音楽家が加わり、さらに県や国がそれを支援するという、障害児(者)の周囲環境全体へのアプローチが行なわれた。

A 国立病院小児病棟での音楽療法
オスロの国立病院小児病棟では週1回、約45分間の「音楽の時間」が開かれている。小児病棟での音楽行進から始まるこのセッションには患者を始め、その家族、医療従事者、他のワーカー、他の病棟患者が参加し、患者を中心とした病院内での広がりが見られる。個人セッションでは歌唱・楽器活動の他に歌の創作が行なわれている。ここで創作された歌は患者と音楽療法士との間に留まらず、病棟内はもちろん、患者の家庭や学校へと持ち帰られる。これが新しい作品の契機となることもあれば、CD化されることで更なる人間関係の展開が見られることもある。

4 研究

ノルウェーの音楽療法が近年、国際的な評価を受けている研究の分野、特に哲学的、音楽的なアプローチにおいてであろう。これは研究の質の高さへの信頼だけではなく、季刊誌の発刊やインターネットフォーラムの運営という対外的な活動に対する評価でもある。この流れを30年間リードしてきたのが日本でも知られるエヴェン・ルード(ノルウェー国立音楽大学、オスロ大学)である。彼は現在、世界を代表する音楽療法家・研究者の一人であり、彼の著作は日本語を始め、世界各国で訳されている。また、グロッペン・プロジェクトの推進者の一人であったブリュンユルフ・スティーゲや国立病院小児病棟の音楽療法士トリグヴェ・オースゴールらの研究も、現在、国際的に注目を集めている。

すでに日本の音楽療法界の中でもノルウェーとの交流の動きが研究分野を中心に始まっている。この発表が他のノルウェー研究との連携関係の推進のみならず、日本とノルウェーとの音楽療法交流の一助となることを願って止まない。

(まとめ協力:ノルウェー文化サロン事務局)


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【ノルウェーの音楽療法にご興味をお持ちの方へ】
より詳しい情報は以下へ直接お問合せ下さい。

ノルウェー国立音楽大学(ノルウェー語・英語)
http://www.nmh.no

ソグン・フィヨルダーネ大学(ノルウェー語・英語)
http://www.hisf.no/sts/musikkterapi

ノルウェー音楽療法協会(ノルウェー語・英語)
http://www.musikkterapi.no

ノルディック・ジャーナル・オブ・ミュージック・セラピー(英語)
http://www.hisf.no/njmt

インターネット・フォーラム「Voices」(英語)
http://www.voices.no



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