コーヒーカップノルウェー文化サロン



【1】2002.04.03更新

「ノルウェーの社会福祉の光と影から」
          「福祉を創る」ことの意味を考える
                         上

1.はじめに

 1993年から5回にわたり、「ノルウェーの女性と福祉」について調査してきた。その社会福祉の現状について、スライドを300枚程見ていただきながら、日本と比較したノルウェーの社会福祉の「光と影」について論じたい。

2.ノルウェーの社会福祉の現状

 日本人がノルウェーの福祉施設を訪ねて最初に驚くことは、建物や室内インテリアの美しさであろう。歴史のある家具、絵画や昔の写真の飾り付けなどで、アットホームな時空間を得られ、精神的にリラックスできる施設になっている。「職の数」と実人員の配置という問題では、「正規の公務員のパート勤務」という日本にはないシステムが有効に機能している。

福祉部門や施設のトップには、看護婦(3年)と社会行政(1年)の資格が必要なので、女性が多いという特徴もみられる。背景には「自分たちの施設だ」という意識があり、「近居」の家族たちが頻繁に訪れている。

 また、県には「補助器具センター」があり、ヘルパー派遣とあいまって在宅ケアを支えている。また、痴呆性老人のグループホームや知的障害者のグループホームなど、「居住」の面でも充実している。

3.日本での反応

 日本の社会福祉と比較すると、「人口が多い」「資源がない」「仕方がない」などの、あきらめムードが充満している。また、福祉国家の「税の高額負担」「孤独」「怠情」などを指摘し、冷ややかな目で問題を捉える風潮も日本でみられる。無視や無関心という立場をとりつつ、「新自由主義」(選択の自由=自己責任)の名のもとに、社会福祉の問題を捉えようとする傾向にあるといえよう。

 しかし、日本の女性たちの関心は高い。なぜなら、女性の高学歴化と社会進出、少子高齢化の中で「日本型福祉」の担い手に位置づけられた、女性の「自由な人生設計」と密接に関わっているからだ。福祉の問題を、生活の背景にある思想や生き方の問題とあわせて考える必要に迫られているというのが、日本の現状である。

4.ノルウェーの社会福祉とその特質・課題

 注目すべき点は、一般の人々の「日常の暮らしの質が高い」ことである。その背景には、制限された労働時間(週37.5時間、残業はほとんどなし)がある。その結果、家族団欒、趣味、学習、友人との交流などの時間が多くなり、「豊かな精神生活」を過ごすことができる。そして、ノルウェーには、「お金を使わない豊かさ」、多様な生き方、やり直しが可能な人生がある。

 こうした福祉思想と高い税によって生みだされる高い福祉水準によって、誰もが基本的な「安心」を保障されているのである。また、女性の社会的地位の高さと「福祉社会」の形成には密接な関係がある。1975年以降、地方自治体への女性の進出が始まった。その結果、育児休業制度(100%の給与保障で42週間、80%で52週間)などが充実することになる。そして、ノルウェー・モデルともいえる「女性の社会参加と男性の家庭参加」の統一がみられる。

 課題としては、福祉を支える石油基金の問題(より多くを求める国民 VS. 石油が無くなった時を考える政府)、難民問題、若者の失業、暴力、薬物中毒、極右政党の躍進などの問題がある。

 また、福祉の光と影としては、@ リーダーが若く、アイデアがあり、実行力がある反面、頻繁に交代したり、振り子のように改革が転換されること、A 専門家が配置され、責任が明確で、職務の範囲内では柔軟な対応がなされている反面、決められた事だけしかしない、現場の提案が少ないなどの問題も含むこと、B 入所者を大切にする反面、ワーカーが高齢者や障害者から学ぶこと(相互発達)が少ないこと、が指摘できる。 

5.結び

 結論を一言で述べるならば、「福祉の創造は、人々の生き方と政治の質にかかわる」ということである。日本は「公的福祉責任の後退=家族・地域・企業の活用」という方向を追求し、ノルウェーは女性が社会進出する中で「福祉国家から福祉社会へ」移行したのである。

 経済と福祉とのバランスもさることながら、人間の能力を高める「社会投資としての福祉」について理解することが大切である。また、「他人のために」生き生きと働きながら、周りに好い影響を与えるような人物を多く育てていくことが、結果的に住みやすい福祉社会を築くことになる。

 福祉とは、一人ひとりの人間が生き生きと自由に生きることを支えるものであるそうだとすれば福祉のシステム作りよりも「人を育て福祉を創る」ことがこれからの日本の福祉社会形成にとって重要であると考えられる

(まとめ:ノルウェー文化サロン事務局)

<参考文献>
 西澤秀夫・真弓美果・上掛利博編『世界の社会福祉Eデンマーク・ノルウェー』
(中村優一・一番ヶ瀬康子監修、旬報社、1999年3月、全532頁)
この本の前半はデンマーク編、後半がノルウェー編となっている。ノルウェー編については、ノルウェー人の研究者9人の協力を得て執筆され、ノルウェーの社会福祉に関してまとまった書物として、初めて出版されたもの。上掛利博「ノルウェーの社会と高齢者福祉」(第1部T章、263〜298頁)は、1994年の在外研究の成果を中心にまとめられている。


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